ベルギー 「幻の修道院ビール」をめぐるトラブル。転売対策のために、修道院が採用した方法とは?

BELPLUS編集部
ベルギービール ヨーロッパの真ん中で

数量限定、幻のベルギービールを作る修道院

ブリュッセルから車で約1時間、「猫祭り」で有名なベルギー北西部の都市イーペルの近くに、Sint Sixtusと呼ばれる修道院があります。この修道院で造られる「ウェストフレテレン(Westvleteren)」は、現在でも昔ながらの方法で修道士が製造から出荷までを手がけるトラピストビールの一つです。

2005年には世界一のビールに輝いたほど味に定評があるため、世界中からビジネスとして拡大する誘いも多そうですが、この修道院は、ビールは修道院での修道院たちの生活や運営の為に必要な量のみを造るとし、昔ながらのやり方を守り続けています。

生産量が非常に少ないため、そもそも予約してもキャンセルになる可能性が高く、運良く予約が取れたとしても、購入できるビールの数量が非常に限られていること。1回に購入できるのは3種あるうちの1種でだけで、しかも最大48瓶まで。転売、再販は厳しく禁止されており、購入者は誓約書を書くだけでなく、引き取り時に車のナンバーも記録されます。

完全予約制、ここでしか買えない修道院ビール。

瓶にラベルが貼られていないのもウェストフレテレンの特徴。

ベルギーに住んでいると、「友達のビール好きなお父さんが買ってきた」「ビアパブのオーナーが直接仕入れてきた」レベルでたま〜に飲む機会があるこのビール。車で修道院に行った個人客だけが購入できるため、スーパーや酒屋さんでは売っていないことも、よりプレミア感があります。ブリュッセルやアントワープのビアパブに「ウェストフレテレンあります」という貼り紙があると、次にいつ出会えるかわからないし、ちょっと一杯やっていこうかな、とそのまま飲みに入ったことも。

そんなある意味のどかだった状況が、最近大きく変わりました。オランダのスーパー、ヤン・リンダース(Jan Linders)が、この幻のビールを7,200本も仕入れ、しかも5倍近い値段を付けて売り出したのです。

1瓶2ユーロを10ユーロで販売

ウェストフレテレンがベルギーで愛されるのは、利益を追求しない修道院の姿勢に寄るところも大きいです。ウェストフレテレンでは3種類のビールを醸造していますが、その中でも一番安い「Blonde」は、24瓶入りを35ユーロで販売しています。これに瓶代(瓶は修道院に返却するとキャッシュバックがあるため、別途支払います)を合わせても、合計50ユーロ。つまり、1瓶あたり2ユーロ(約240円)の計算です。もし瓶を返却するとしたら、1瓶たった1.5ユーロ(182円)になります。

日本で飲むベルギービールは高額すぎて比べられませんが、ベルギー在住者から見ても、この値段は一般的なベルギービールと同じか、それよりも安いくらいです。「世界一」「トラピストビール」のブランドと「数量限定」をアピールすれば、もっとビジネスとして利益をあげることもできそうなのに(修道院への過去のインタビューを読むと、実際、利益はほとんど出ていないそうです)、長い間の伝統を守り続けるこの姿勢が、よりこのビールの価値を高めていると言えます。

そこに目をつけたのが、大手スーパーマーケットでした。詳細は不明ですが、何らかの方法で「転売者」からウェストフレテレンを仕入れ、それを1瓶9.5ユーロ(1,160円)で販売。ビールはあっという間に売れ、スーパーが利益を上げる形になりました。また、修道院のコメントによると、ドバイではさらに高額の1瓶3万円近くで取引されているそうです。

どうやって、7,200本のビールを手に入れたのか?

スーパーがどのようにビールを入手したのかはわかっていないのですが、ちょっと計算してみました。

前述の通り、車に運び込めるビールは、最大48本(24本入り2ケース)までとなります。この方法で7,200本のビールを入手するには、150台の車が修道院まで行くことが必要。ナンバープレートは登録され、再購入期間が設けられているので、同じ車は何度も行くことができません。つまり、最低でも150人がこの国際転売ビジネスに参加しています。

修道院があるベルギー北西部はオランダ語を話すエリアで、オランダからも車で行きやすいです。それでも、これだけの人たちをまとめあげて、ビールを大量に入手し、大手スーパーに買取させる一連の行動は、ある程度組織的な統制の元で行われたと考えられます。

グローバリゼーションが進む中、世界中で問題となっている転売行為ですが、このような利益を追求しない修道院のビールまでもを利用するやり方には批判が上がっているほか、今までの牧歌的なやり方(それでも、ナンバープレートや誓約書など、十分対策していたと思いますが)はもう通用しないのでしょうがない、世の中に合わせるべき、という声も出ています。

転売対策のために、修道院がとった行動とは?

転売に頭を悩ませ続けたSint Sixtus修道院ですが、2019年6月より、ついに対策を開始しました。これまで電話のみだった予約方法を一新させ、インターネットの予約受付を開始したのです。

購入希望者はオンラインで名前、住所、車のナンバープレートなどの個人情報を入力し、ウェイティングリストに登録します。その後審査の結果、購入できるかどうかが決まります。複数回購入しているリピーターは、過去の購入日がもっとも古い人から優先的に購入できる…など、これまでよりもより情報を管理し、リピーターを大事にするシステムに変わりました。

ただ、正直、オンラインショッピングの詐欺も多くなっているこの時代に、このやり方がいつまで続くのか疑問です。この方法でも転売が止められなかった場合、ウェストフレテレンは、限られたリピーターだけが購入できる、本当の「幻のビール」になってしまうかもしれません。

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